いやあ、待ちました。待ちくたびれるほど、待ちに待った伏見憲明さんの2冊目の小説『団地の女学生』(集英社)が2010年4月、ついに発売される。なんとAmazonでは予約受付中。これって、ハリーポッターか1Q84並みじゃないですか・・・。
伏見さんは2003年に『魔女の息子』で第40回文芸賞を受賞し、小説家としても華々しいデビューを飾った作家である。「も」と書いたのは他でもない。すでに評論など小説以外のジャンルでは、ジェンダー、セクシャリティ、ゲイ・アイデンティティなどのテーマを中心に旺盛な執筆活動を続ける高名なライターだったからだ。『魔女の息子』は新宿2丁目を主な舞台にした小説だった。主人公はゲイの男性で、エイズについてもかなり深く掘り下げて書かれていたことから、私としてはエイズ対策を考えるうえでも大いに参考になったというか、勉強になったというか、よくぞ書いてくれましたと泣いて喜びたくなるような作品である。当然、次が読みたいということで、ひたすら待ちわびていたら、何と7年も経ってしまった。
7年後の受賞第1作となった小説集『団地の女学生』には、表題作の短編1本と中編の『爪を噛む女性』が収められている。伏見さんという人は、なかなか人をじらすというか、ほんろうするというか、この2本の小説の主な舞台は、前作の新宿2丁目からさっと離れて、首都圏の某マンモス団地に移ってしまった。ゲイタウンからもエイズからも離れ、主要な舞台は首都圏にあるちょっと老朽化した団地である。表題作『団地の女学生』については、当ブログでも雑誌掲載時につたない感想文を書いたので、そちらをご覧いただこう。
《団地の女学生(「すばる」9月号)》
ということで、『爪を噛む女』である。簡単に設定を紹介しておくと、主人公の美弥は38歳、未婚、2000世帯が住む首都圏の団地で高齢の母親と同居している。国立大学の芸術学部を出てミュージシャンを志望していたが、それでは生活していけないので、いまは介護のヘルパーとして働いている。こういう女性(というか女性の目を通した伏見さん)が団地の高齢者について語る口調はかなり辛辣であり、皮肉に満ちた八つ当たりみたいな描写も随所に出てくる。だが、それでいてけっこう温かい。もちろん、温かければいいというものではないが、ついつい温かくなってしまうというのが実はこの小説の隠し味だろう。その味がベースにあって、そこに美弥の中学時代の同級生だった都が登場する。
中学の時のバンド仲間で、地味でパッとせず、身長は170センチと長身だが、反射神経が鈍い。つまり、主人公にすれば「あの子には勝ってるわ」と思い、心地よい優越感を持って接することのできる対象だったはずのその友達が人気歌手として「想像もつかない成功」をおさめた。いまや《百万人に愛される大スター》である。その都と団地の近くのカフェで20年ぶりに再会するところから、主人公の心の迷走というか、幼なじみに対する愛憎うずまく感情が噴出してくる・・・。というわけで、高齢化した団地の静かなたたずまいの中で、かなりエグい心のドラマが展開していく。なんで、私ではなく、よりによって、あんな子が大スターになるのという割り切れない思い。相手が失敗することで心のバランスを保とうとする黒い情念。その一方で 《幼なじみが百万人に愛されるスターになってしまった人間もそうそういない》という変に晴れがましい感情。
想像もつかない都の成功、陽の当たらない「私」。そんな比較のなかで・・・うわっ、やだね、読みたくないね。うっかりするとそう思いたくなるような設定だが、その「えぐみ」が実にいい味に仕上がって出てくるのが、伏見さんの小説の侮れないところである。2000世帯の団地、駅の近くのしゃれたカフェ、そして、店主の客あしらいがいいので妙に繁盛している居酒屋など、いかにもありそうな場所がまた、そのえぐみを引き立てている。こういうのはどこから出てくるんでしょうね。たとえば、ちょっとお酒をのみすぎた翌朝のしじみ汁というか。もともとは、えぐかったはずのものが、こんなにすらりと体の中にしみこんでいく小説も珍しい。それだけに伏見さんにはあえて苦言を呈したい。何でもっとどんどん書かないの。
実は私は雑誌編集者としての伏見さんからエイズ対策について取材を受けたことがある。ベストセラー作家からインタビューされる新聞記者。話が逆だろ。まあ、そういう人間もそうそういない。他力本願というか、こんな冗談が言える日が来るように、もっともっとどんどん書いて、ファンを増やしてください。7年は長いよ、いくらなんでも。


by 宮田一雄
3336 ホイットニー・ヒュース…