米国のヒラリー・クリントン国務長官が29日、HIV陽性者に対する中国の入国禁止規制撤廃を歓迎する声明を発表した。共同通信のごくごく短い記事を紹介していると、ほぼ全文の引用に近い状態になってしまうが、ご容赦ください。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/america/386024/
《クリントン氏は「中国の一歩は、エイズをめぐる差別を減らすことに役立つ」と指摘した》
大切なのはこの措置が、本当に「エイズをめぐる差別」を減らす一歩になるのかどうかということだろう。差別的な規制の撤廃は、少なくとも確実な一歩でなければならない。なってほしい。具体的にHIV陽性者、HIVの感染の高いリスクにさらされた人たちへの中国政府や中国社会の対応が今後、どう変わるのか、あるいは変わらないのか。上海万博をめぐるお祭り騒ぎにまどわされることなく、そのあたりは少し長い時間のスパンの中で見ていく必要がある。
外交的には、歓迎の声明を出し、一定の友好ムードを演出しておく。そのこと自体に異論を差し挟む必要はないのだろうが、自分の出した声明に浮かれて見方が甘くなるようなことがあるとすれば、話はまた別である。米国のオバマ政権にそのような抜かりがあるとはもちろん思えない。それでも一応、この点には「気をつけてくださいね」と書いておこう。
ところで、日本である。内憂外患山積みの鳩山政権は、そもそもHIV/エイズ対策にはきわめて関心が低い。まったく関心がないとまでは言わないが、そんんな憎まれ口のひとつもたたきたくなるほど低い。関心を向けている余裕がないということなのかもしれない。少なくとも政治のリーダーシップはまったく発揮されていないのではないかと思える。
それでは官僚はどうかというと、4月に京都で開かれた日本感染症学会では象徴的なシーンがあった。4月6日午後のシンポジウム「日本のエイズ対策は失敗しているのか」で演者に予定されていた厚生労働省の担当課長が、直前になって参加できませんとドタキャンになってしまったのだ。かわりに課長補佐が話をすることになった。まあ、内容的にはそれでも十分だったのだが、「日本のエイズ対策は失敗しているのか」と問われているのに「他に用事があって忙しいので」と欠席するような担当課長が日本のエイズ政策を担当している政府であるということは再認識できた。
厚労省のこういうドタキャン劇は過去にもあったので、実はあまり驚きはなかったし、怒りがこみあげてきたりもしなかった。あっ、やっぱりね、という感じである。ただし、あまりにも分かりやすいメッセージに接したせいか、不覚にも感謝の涙がこぼれ落ちそうになってしまった。
こんな調子だから、HIV陽性者に対する中国の入国規制撤廃について対外的に声明を出すなどといった知恵もめぐらないのかもしれない。日本は現在、入国や滞在に関し、HIV感染を理由にした差別的な法規制は一切ない国の中に含まれている。これはまあ、立派なことではあるが、どうしてそうなったかというと、その経緯は必ずしもほめられたものではなかった。
1994年に横浜で第10回国際エイズ会議が開かれた際に国際エイズ学会(IAS)と世界保健機関(WHO)から、法的に差別的な取り扱いがあるとしたら日本で国際エイズ会議を開くことはできない、開催地を他の国の都市に移してもいいんですよ・・・とプレッシャーをかけられ、国内のエイズNGO関係者からも「当然でしょう、そんなこと」とたしなめられた結果、ようやく運用面で実質的に規制をなくすことが政府内で了解された。実は形骸化された細則の条文はその後も残ってしまったのだが、このねじれ現象もエイズ予防法が廃止され、新たな感染症法が施行されたときに解消されている。
国際的な大イベントの開催に伴い、対外的に法令を整えることを余儀なくされた。そうした観点からすれば、日本政府の対応もまた、上海万博開幕直前の中国政府の対応と似ていたと言えないこともない。法律による規制はないけれど、現実はどうなのか。大いなる政治の無関心の中で、HIV/エイズの流行をめぐる社会の対応も含め、この点は常に注意深く、見ていく必要がある。


by 宮田一雄
3336 ホイットニー・ヒュース…