アジアで発生したなぞの新型肺炎が世界的な大流行に拡大するおそれがあるとの危機認識から、世界保健機関(WHO)がグローバルアラート(世界に対する警告)を発したのは2003年の3月12日だった。その警告もむなしく、新型肺炎SARS(重症急性呼吸器症候群)はベトナム、香港、そして中国などで多数の死者を出した。
あれからもう5年が過ぎたのですね。いまではすっかり印象も薄れてしまったが、流行の拡大阻止の最前線に立ってきたWHO西太平洋事務局がまとめた『SARS いかに世界的流行を止められたか』によると、《その出現は突然で爆発的だった。少なくとも一時は世界が終わりに近づいたように見えた》という。それが感染症対策の専門家たちの実感だったのだ。
この『SARS いかに世界的流行は止められたか』は尾身茂・西太平洋事務局長の指揮もとに昨年、まとめられた英文の分厚い報告書である。こんなものを英語で読んでいたら一生かかってしまうと諦めていたら、日本語訳が出ました。流行当時、西太平洋事務局の感染症対策課長として対策の陣頭指揮をとった押谷仁東北大学教授の監修のもとで、お二人の専門家が翻訳を担当し、財団法人結核予防会から非売品として刊行されている。
医療関係者および関心のある人に配布するということなので、私もさっそく送ってもらい、読みました。これは正直言って、マスメディアで感染症報道に携わっている人には一読の価値あり。いや、必読の書といっていいかもしれない。
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結核予防会では、《本書は公衆衛生や感染症対策に役立ててもらうために広く無償で提供しています》という。申し込みは、結核予防会のウエブサイト http://www.jatahq.org/ からできるようになっている。
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SARSに関しては、初期の中国における対応の遅れが致命的であり、アウトブレイク(流行発生)を招く結果になったが、それでもなお、世界がこの21世紀最初の新興感染症の流行の封じ込めに成功したのはどうしてなのか。報告書は、冒頭にかなり詳細な年表を掲げ、その後も可能な限り関係者の証言を踏まえた事例の発掘を通してこの課題に迫っている。当時は私も日本国内から報道の末端でこの流行をフォローしていたのだが、振り返ってみると感染症対策の専門家たちの危機感は私が感じていた以上に大きかったようだ。
第1章の年表に続き、第2章世界的な対応では、なぜそれほど大きな危機感を持ったのかが簡潔に説明されている。要約すればそれは(1)病気の持つ不気味さ (2)症例や死者数と比較した場合の社会、経済的影響の極端な大きさ、そして(3)エイズのパンデミック(世界的大流行)を許してしまった苦い経験、の3点にあったといえる。簡単にそれぞれの部分のさわりを紹介しよう。
まず(1)について。
《この病気は媒介生物を必要とせず、特別な地理的親和性もなく、他の多くの病気に似ていた》
確か2003年の2月だったが、中国で新型肺炎が流行っていますと社会部デスクから報告を受けたときに、当番編集長だった私は「なにそれ?」とあまり重要視しなかった苦い記憶がはある。また何か大げさに騒いでいるのではないかといった留保の気持ちが働いてしまったからだ。いまだから言えることだが、分からないものに拒絶で反応してしまったといっていいだろう。過度の一般化というリスクを承知であえて言えば、そうしたすきをつくように、初期の感染は広がっていったように思う。
(2)に関してはこんな記述がある。
《密接に相互依存し、非常に行き来の激しい世界の状況が、その病気の蔓延を後押しした。航空会社は年間約16億人の旅客を運ぶため、国際空港を持つどの国にも、この病気が持ち込まれる危険があった。SARSによる社会的混乱と経済的損失は、症例や死亡者数に比べ、はるかに不釣り合いなほど大きく、アウトブレイクの起こった場所をかなり越えて広がった。その病気のニュースは株式市場を揺るがし、経済成長予測は下方修正を余儀なくされた》
報告書の中でも指摘されているが、その国際的、社会的影響の大きさが逆に各国政治指導者に危機への対応を促し、政治のリーダーシップのもとに国際社会が動いたからこそ、アウトブレークの封じ込めが何とかなされた。この点も重視しておく必要がある。
(3)はエイズ報道に携わってきた私には、苦い認識なしには読めない指摘である。
《もう1つの新しい病気-AIDS-が、新興感染症が世界中に広がり、持続的に蔓延する病気になったとき、何が起こりうるかを悲劇的に示して見せたことにある。AIDSでは、新しい病気の流行を阻止するに十分間に合うほど速やかに、ワクチンと治療薬が開発されるだろうと期待されたが、その期待も打ち砕かれた》
つい四半世紀前には未知の新興感染症の流行として出現したという事実をうっかりすると忘れてしまうほど、エイズの流行は世界に広がってしまっている。初動の対応の遅れがいかに深刻な事態をもたらすか、SARSが出現したとき、世界は嫌と言うほどこのことを知らされた直後だったのだ。付け加えて言えば、世界のエイズ対策は最近になってようやく少し成果の希望が見え始めたと指摘されているが、そうなればなったで、とたんに、エイズの流行にばかり資金をかけすぎではないかといった議論が出てくる。人類とは何とおろかな生き物だろうとため息をつきたくなるような状態である。
最終第27章では、レッスン1からレッスン13までの教訓を示している。SARSの封じ込めの背景には、国際協力のもとに国境を越えた画期的な危機対策が実現したことがあった。マスメディアの役割も大きかった。しかし、一方でウイルスの感染力など、いくつかの面で人類にとって幸運な要素もあった。
そうした幸運がいつもあるとは限らないと報告書は指摘している。この警告は、21世紀が今後もさらにいくつもの新興感染症に襲われる世紀であるだろうとの予測のもとになされている。とりわけ、大きな懸念とともに想定されているのが、「起きるかどうかではなく、いつ起きるかの問題だ」といわれている新型インフルエンザの流行だろう。私としては、現在の世界の三大感染症であるエイズ・結核・マラリアの対策も忘れてほしくはない。あれか、これかではなく、あれもこれも必要であり、相互に影響し合って、未知の危機に遭遇したときにも対応しうるよう保健の基盤をより強く、大きくしていくことになるだろう。
こういう議論は誤解を招くおそれがあるのであまりしたくはないのだが、世界のシステムの安全を確保するために、感染症対策、あるいはよりひろく保健分野に振り向けられている資金は実は、他の分野と比較すると、いまなお極端に少ない。その結果が近い将来、何をもたらすのか。そうしたことを考える意味でもSARSの教訓は貴重である。


by tomikyu08
3336 ホイットニー・ヒュース…